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May 20, 2003

カヌー消息不明!?

最近はずっと天気が悪い日が続いています。パラオを出航したカヌー、10日以上たっても一向に
帰航する気配がありません。本来の予定であれば、5月11日にヤップに戻る予定だったため、私の周りの人たちも心配で騒ぎはじめています。

PMA(離島行きのセスナ)やマイクロスピリット号(離島行きの定期船)も運行をキャンセルして、近海の捜索にあたっています。政府も24時間体制で近海運行中の船舶と無線連絡をし、昨日ミクロネシア連邦の沿岸警備隊に出動要請したそうです。

特に高齢のマウ氏と、航海に慣れていないヤップ本島人の健康が心配されています。食料や飲料水となるココナッツ
もこれだけの期間を想定して積載していないでしょう。


無事にひょっこり、ただいま、と帰ってくることを祈るばかりです。

Posted by shinya at 12:56 PM | Comments (71)

May 07, 2003

ヤシガニ

今日は収穫の日でした。畑からキュウリ、カボチャの蔓、唐辛子の葉、そしてココナッツクラブ。

ヤップ本島で採れるヤシガニは、毒があるためあまり食べられない。何でも毒性のツル植物を主食にしているためで、その毒性が体内に蓄積されてしまうそうだ。今回手に入れたのは、離島産のものなので、問題ないとは聞いていたけど、家族および近所の方々、誰も食べようとはしない...。というわけで、1人でいただきました。でも食べてる最中に、この前毒にあたったときのストーリーをリアルに話してくれたので、あまり楽しめなかったぞ。やめておけ、と皆で忠告したのにもかかわらず食べてしまって、30分後くらいに猛烈に吐き、その後呼吸困難で泡をはいてた、とか...。夕食後もかなりドキドキしてました。。

尻尾の部分に内臓があって、腸は食べないほうがいいらしい。素人が調理したフグを食べた気分でありました。

Posted by shinya at 06:00 PM | Comments (240)

May 01, 2003

姪っ子誕生

おとといの夜未明、妊娠していた姉貴が州立病院に担ぎ込まれ、昨日の朝10:00過ぎに無事女の子を出産。自然分娩。ヤップ島は父系社会なので、本当は男の子がほしかったみたいなんだけど、義兄はパラオ人、パラオは母系社会。だから女の子が重宝される。結局のところどっちでもいいんだよね。。

とにもかくにも、母親も赤ん坊も元気で良かった良かった。

Posted by shinya at 05:38 PM | Comments (77)

April 27, 2003

カヌーその後

4/25発刊のヤップ唯一の新聞(週1回発行)のThe Yap Networkerの一面に先日出航したカヌーの詳細が載っていたので、無断翻訳掲載(^^;。


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Simion Hokulea、パラオへ向けて出航


(ヤップ、コロニア発)

火曜日の朝はカヌーセイリングにとっては最高の夜明けを迎えた。澄んだ空と清々しい風。「Simion Hokulea」がパラオに向けて出航した。
以前お伝えしたように、このカヌーはサタワルの航海師マウの一族によって約10年前に建造され、サタワルと北マリアナ諸島のあいだを何回か航海している。来年パラオで催される南太平洋芸術祭に向けて、ヤップ観光局がこのカヌーを購入した。
2003年4月22日午前11時すぎ、「Simion Hokulea」はラ・マリーナ桟橋を、セサリオ・セウララーをチーフナビゲーターとして出航した。セウララーは航海師マウの息子である。セウララーによると、これは彼にとって3度目の航海になる。彼の父ピアルグは、今回オブザーバー/アドバイザーとして、一緒に旅をする。航海は13人のクルーで行う予定であったが、パラオの代表者が到着しなかった。今回旅する12人は、2名がヤップ本島から、1名がウォレアイ環礁から、そして残りの9名はサタワルからである。
出航に先駆けて、ガギール地区ガチパル村からパラオのメレケオクの酋長、レクライへの貢ぎ物が積み込まれた。この航海はヤップのガチパル村とパラオのメレケオク村の伝統的なつながりを利用するものである。そのゆえ、ガギール地区の酋長達はカヌーの出航を見送った。ヤップからの使節団はまた、メレケオクで催される歓迎式典に出席するために飛行機で向かう。
記者がチーフナビゲーターと話したところによると、彼は「今日の風の状態が続けば、木曜日(4月23日)の夕方にはパラオに到着するだろう」と予測する。2日間の航海である。風が止んでしまったら、おそらく金曜日の朝になるであろう。
政府関係者によると、来年の芸術祭では、催物としてヤップからパラオへ3隻のカヌーを出航させる計画だという。また航海師マウ・ピアルグの弟子達による4隻目のカヌーがハワイ諸島よりヤップへ航海し、パラオへの航海に合流するかもしれない。
ヤップ観光局とパラオ観光局間のやりとりによると、カヌーは木曜日の昼前にパラオに到着した。だが、歓迎式典の準備が完了する金曜日の夕前まで海峡の入り口で待機していたとのこと。環礁の外で現地のパトロール船によって、クルーたちに軽い食事が提供された。クルー全員は健康だと報告された。
クルーたちは1週間ほどメルケオクに滞在し、ヤップに帰還する。帰りは向かい風のため、さらに長い航海になるであろう。

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Posted by shinya at 11:17 PM | Comments (238)

April 22, 2003

マウ氏、パラオへ出航

来年7月にパラオで開催される太平洋芸術祭に向けて、ヤップからのパフォーマンスとして、一隻のアウトリガーカヌーが、今日午前11時過ぎに、コロニアを出航。GPSなどはもちろん、海図やコンパスをも全く使用しない、星や波や風のみを利用した伝統航海術での航海。来年の本番時にはもっと大規模になるそう。

今回のクルーは計13人。ヤップ離島のサタワル島出身がほとんど、そしてヤップ本島ガギール地区から数名。スーパーバイザーとして伝説の航海士、マウ・ピアイルグ氏が乗船、チーフナビゲーターは彼の息子セサリオ。マウ氏から息子へのOJTといったところ。マウ氏は松葉杖なしでは歩けないくらい年老いてしまっているにもかかわらず、航海を続けているのは素晴らしい。13人も乗って大丈夫なのか心配になるくらい、かなり小さなカヌー。マウ氏にはヤシの葉で編まれたカゴをかぶせた特別ルーム(航海士が座る特別席)が用意されています。

そして出航。帆をあげ、ボォ〜ンボォ〜ンと貝笛が鳴り響きます。今日のような風と波が続けば、明日の夕過ぎには、パラオに到着するとのこと。ただし、天候が変われば、3-4日はかかるとのこと。

クルー達はあくまで普段と様子変わりなく「ちょっとその辺で釣りしてすぐ戻ってくるよ」みたいなノリで行ってしまったことに、「マジかよ」的驚きと「さすがだ」的感嘆が入り交じった気持ちで、去り行くカヌーを見送った次第であります。

Posted by shinya at 10:57 PM | Comments (261)

April 19, 2003

クラビング

今日の夕方は「クラビング」に出かけました。「クラビング」といってもテニスとか将棋とか同好会の方のクラブではなく、踊ったり音楽を聴いたりお酒を飲んだりする方のクラブでもなく、蟹のほうのクラブです。というのもおとといが満月だったから。満月といえば、あらゆる動物が活発に行動する日。カニ達は満月の日にメスが卵をかえすために水辺に赴く。人間からすると、満月の日のカニはあんまりウマくない。満月の2日前、2日後のカニが一番ウマいそう。日没直前から日没直後の微妙な時間帯がベストタイムということで、それに合わせてノースファニフというところに向かった。

このノースファニフから南に向かって、先月2003年3月に完成したばっかりの真新しい舗装道路が走っている。どこかの国の道路にそっくりでしょ?日本の援助で日本の建設会社によって作られた道路なのです。このあたりは、昔からカニがよく獲れるところだったのだけど、今回はこの道路の影響で、カニがどのくらい減ってしまったかが気になるところ。

日没まで車のなかで待っていると、周りからサワサワと音が聞こえはじめる。カニです。出てきました。車をゆっくる走らせ、懐中電灯を口にはさみ、袋をもってカニ獲りをはじめます。親戚の兄ちゃんにコツを教えてもらったものの、大きいやつで20cmくらいあるから、正直最初かなりヘッピリ腰でした。でも手袋を二重にすれば大きなハサミで挟まれてもほとんど痛くないということが判明。もうこっちのペース。手で甲羅を上から押さえつけて動きを封じ、甲羅の端を指でつまむ。手袋をしてたら、あえて自分の指をハサミではさませてやれば、彼らは放すことを知らないので、簡単に捕まえれる。3-40分獲り続けたよ。なんだか知らないけど、かなり楽しくて、みな「あっち!」「そこ!」「ここにもう一匹!」などコソアド系以外の言葉はほとんど発さず、それぞれ没頭してしまった。

結局計50-60匹捕まえました。うちに帰って、カニ小屋に放牧した直後の写真です。2-3匹だと食欲もでるものだけど、これだけたくさんいるとちょっと気持ち悪いね。でも夕食は早速カニを3匹頂きました。


Posted by shinya at 11:35 PM | Comments (86)

April 15, 2003

さよなら、クジラ

ヤップに直撃コースをとると予想していた巨大台風「クジラ」は、まるで知性を持った生き物のように、巧みなドライビングテクニックでもって、グアム島とヤップ本島の間をすり抜けていきました。

夜にものすごい雨が降っただけで、風もほとんどなし。そして、消滅へと向かった様子。

今回の台風名は「クジラ」という日本語名、2001年にヤップを襲った大きな台風は「Mitag」というヤップ語名、一体どこの誰がネーミングしているのか、少し興味をもったので調べてみました。

1999年までは、グアムの合同台風警報センターという所が「キャスリーン台風」等のアメリカ名をつけ、日本は気象庁がいわゆる味気ない「台風10号」とかいう、つまりそれぞれ独自の命名規則を用いていたそうなんだけど、2000年からはESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)/WMO(世界気象機関)の台風委員会が管理する呼び名(アジア名)を用いて、日本の気象庁が命名することになったそう。アジア太平洋地域の加盟国14か国がそれぞれの言語で10個ずつ名前をだして、計140個の名前がストックされており、気象庁が順番に名前をつけていくそうだ。で、2001年の「Mitag(女性の名前)」はミクロネシアが出した名前、2002年12月にグアムを襲った巨大台風「Pongsona(ホウセンカ)」は北朝鮮が出した名前、今回の「Kujira」は日本が出した名前、というふうに順繰りで命名されていくいうわけ。日本の気象庁が命名権を持っているにもかかわらず、未だ日本だけ無機的でセンスのない「台風16号」とかいう命名規則に固執している模様。

Posted by shinya at 10:21 PM | Comments (97)